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今年も笑顔で* [vivre ma vie]

元号が変わり、オリンピックに沸き立つ世間とは裏腹に...

昨年初頭の叔母の葬式を終えて間もなく、症状が出始めた右手中指のばね指は未だ治らず、
時々発生する左腕のしびれも引きずったまま、静かなる新たな年を迎えました。
本当にしんどい時は、自分のことしか考えられなくなるけど、
まだ他事を想う余裕があるから大丈夫だと自答する。

一昨年、施設や病院を4箇所も転々とした父は、
昨年は一転して、一つ所に入院したきり。
「五感を刺激すること」で”聴覚”に働きかけたのが功を奏したのか、
再び”人間らしさ”を取り戻してきたようだ。
それは即ち、”さらなる欲求”を意味する。

拓郎以外にも好んで聴いていたカセットテープを数種持ち込み、
見舞い時に、その時の気分(機嫌?)で日替わりで取り換えたりしていたが、
入院生活が長引くと次第に飽きてくる。

”嗅覚”への刺激は、当初ラベンダーのサシェを作ってベッドにかけておいたが、
時々腕の痛みを訴えるので、ラベンダーオイルでハンドマッサージを行い、
”触覚”もプラス。

病院食では物足りぬだろうと、”味覚”は母が好物のおやつを毎回持参している。
しかし最近誤嚥が懸念されるようになり、種類や形状に注意が必要である。

寝たきりのため、見えるのは病室の天井。
その模様や脇の棚にかけてある袋のイラストにまで「それは何だ」と興味を示す。
私たちの周囲には、見える物がこんなにあふれているのに、
限られた中では、人は”視覚”を渇望するものなのだ。
何か心が動きそうなものをと...
亡くなった歴代の愛犬やモノクロの古いアルバム、
仕事をリタイアして造園の訓練校に通っていた頃の写真などを見せると、
昔を思い出して当時の話を聞かせてくれた。
よい思い出は記憶として鮮明に残るようだ。
ある時、新聞を要望するので持って行くと、熱心に見入っている。
ただ、視力もかなり衰えているため、どこまで見えているかは定かではない。

他にも、ない知恵を絞り出し、”日常に少しの変化を”と思い、
医師に相談し、看護師の手を借りて車椅子でお散歩を試みた。
といっても院内を移動し、高台にあるため
市内を一望できる見晴らしのよい窓のある部屋から、
外を眺めるのが精一杯であるが...

叶えられないのは「家へ帰りたい」こと。
他に代わることで何をしてあげられるか、
途方に暮れる日々...

年末と年始、久しぶりに家族全員で訪れたら、
子どもが喜びはしゃぐような(?)ハイテンション☆
いつのまにやら、ふだんは布団の中に大事にしまい込んで動かなくなった左手も飛び出し、
亡き姉の叔母に負けじと、三谷祭のお囃子を奏でている。
(女であるがゆえに参加できなかった叔母と異なり、
こちらは幼き頃より山車に乗り、青年となって山車を引いていた
三谷の男衆の一人だ。)

ああ、これだけでよいのだ。
家族が揃って笑顔でいられること。
健康なら尚更◎
人生、完璧には行かないけれど、ポジティブ志向でありたい*

”笑う門には福来たる♪”

敬老の日によせて [vivre ma vie]

敬老の日とは、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日とある。
身近な人なら自分の祖父母であろうが、残念ながらいずれも他界している。

そもそも父方の祖父は父が幼い頃に亡くなり、
母方の祖母は母が幼い頃にやはり亡くなっており、
特別”おじいちゃん子””おばあちゃん子”ではなかったため、
生前を知る双方の祖母と祖父の記憶も曖昧である。

ただ、父母やその兄弟姉妹から伝わる話によると、
父方の祖父は漁師、母方の祖父は鍛冶を生業としており、
うちの家系は「一人で仕事をする職人気質」であることがうかがい知れる。
(ちなみに母は和裁、母の一番上の姉は洋裁を仕事にしていた。)

それは、まさに実感している今日この頃...というよりだいぶ前から。。
店を経営する所謂”商い”を始めたのは、名古屋でpralinéを開店した2001年のこと。
2006年のさくらアパートメント閉鎖に伴い閉店したが、
正直まったく経営能力は身についていない。
当時名古屋の中心であった栄という立地と、
クリエーターで構成された老舗旅館をリノベーションした集合店舗という目新しさ、
広報の役割を担う組織が存在したこと、
そして何よりpralinéファンになってくださったお客さまに支えられて続けられたと思う。

ものを創ることは好きだけど、店を運営することの難しさに悩まされていた私にとっては、
ちょうどよい充電期間を与えられたわけだが...
凝りもせず、縁あって2010年に、地元の蒲郡に再び店舗を構えることになった。
今度ばかりは前回の”甘え”や”頼れた”部分がまったく通用せず、すべて自己責任である。
もう少しpralinéの頃のようにクリエーションに力を入れたくとも、
店として機能していかねばならないこと、
そして、自分のことだけ考えていればよかったあの頃とは異なり、
年老いていく家族のことも思いやるのが必然となった。

来年10周年を迎えるにあたり、いくらか方向修正をしようと考えている。
商売人の家系はやはり商売人がふさわしく、
祖先のDNAは引き継がれ、自分にはスタイリストをしていた頃や
(アーティストというとおこがましいが)クリエーターとしての方が性に合っており、
生き生きと自分らしくいられる気がする。
そんなことに思いを馳せる...敬老の日。
ターシャのようなおばあさんになりたい*

叔母のこと [vivre ma vie]

それは突然の出来事だった。
1月のいつもと変わらない日常の朝、電話のベルが鳴った。
「こんな朝早い時間に...」
家族の誰もが緊張した。
「もしや、入院中の父の病院?...」

予想は外れ、昨年末にようやく入所が決まり、このブログにも時々登場していた叔母(父の姉)
のいる施設からだった。

その10日ほど前、家族で面会に行ったばかりで、
元気そうにシルバーカーを押し、いつもと変わらない会話を交わした。
「お父さんは元気?」
相変わらず病院で寝たきりだよと伝えると、
ふと寂しそうな表情を浮かべ、
「代わってあげたい...」と顔を覆って涙ぐんだ。
「また病院に連れて行ってあげるから」
それが叔母との最期だった。

人生初の喪主となった私は、名古屋でのイベントを控え準備に追われていたが、
待ってはくれない事態に直面し、さらに慌ただしい日々を送ることになった。
式をなんとか終え、その後も書類手続きや住居の後始末などやるべき事が山積している中...
叔母が生前足繁く通っていた近所の八百屋のご主人が、
張り詰めていた私の心を解きほぐしてくれるようなひと言をくれた。

「今まで数多くの葬儀に参列したけど、○○ちゃん(私のこと)の弔辞が一番感銘を受けた。
そんな姪に見守られて△△さん(叔母のこと)は幸せだったと思うよ。」

予期せぬ言葉に驚き、こらえていたものが溢れ出たが、
さらにその原稿のコピーが欲しいとまで言われ、おこがましくも後で差し上げた。
我ながら叔母のことを端的に表現したつもりだが、
彼女の日常や性格を知り尽くしていたご主人だった故とはいえ、
それが伝わり心に響いてくれたことは嬉しく、
”知らない人”にとってはなんてことない文だが、
叔母の冥福を祈って、一部をここに紹介しようと思う。

(前文、後文略)
〜叔母は自由奔放にみえて義理堅く、自分のことはもとより、人を思いやり
常に感謝の念を忘れない人でした。
それ故、生涯独身でしたが、皆さまのようなあたたかい友人、隣人に恵まれ、
亡くなる前日まで自らの足で歩き、食事をおいしく食べられたことは、
幸せな人生だったのではないかと思います。
今頃は、大好きな三谷祭の太鼓や笛の音が遠い空の上まで鳴り響いてくるのを、
今か今かと待ち望んでいる姿が目に浮かびます。〜

人生はいつ何が起こるかわからない。
施設の方によると、叔母は深夜の見回りの時点ではよく眠っていたらしいので、
神さまが人生を全うしたと判断しての結果だろう。
父に会わせてあげられなかったのが悔やまれるが、
運命とはそんなものかも知れない。
今できることはやり、会いたい人には会いに行こう♫

五感を刺激すること [vivre ma vie]

最近の自身の関心事はと言えば...
”入院している父をどのようにして人間らしい本来の姿に戻せるか”であった。

今年に入ってから病院を2度転院し、その間施設に入所したり移動の多い生活は、
ただでさえ苦痛を伴う身障者1級の身にはつらいことだったと思う。
1年前はまだ自宅で歩行器で歩くことが可能だった父の身体機能は一気に衰え、
病院のベッドで寝ているだけの生活は、どんなに退屈極まりないことだろう。
父が「強かった」と自負していた囲碁や将棋をすることもままならず、
熟読していた新聞や本を勧めても読む気にならないし、テレビも見たくないと言う。

見舞いのたびに父の好物を持参して、それを食べさせてもらうのが
せめてもの愉しみだったろうが、誤嚥を防ぐため食物は限られ、
あるべき形状をとどめていないこともしばしばで、
「こんなの○○ではない」とこぼす始末。
そうか、料理は見た目や匂いでも味わうものなのだと改めて思う。

いつしか父からは笑顔が消えていき、いつも虚ろな表情をしている。
そこであまり気の利く方でない私なりに、一生懸命考えた。
もう一人の要介護者、父の姉である叔母と異なり、父はまだ耳がよい。
CDも持っていたが、自分で録音したカセットテープをたくさん所有していた。
その中から一番好きと思われる吉田拓郎のベストを選び、
この家"Maison Praliné"の元主、亡き叔母(母の姉)が社交ダンスのために愛用していた
カセットデッキを拝借し、病院へ母とともに赴いた。
母には「そんなの無理」と遮られたが、私には何となく確信めいたものがあった。

病室へ入ると、ちょっと重々しい古い型のデッキを設置し、父の耳元にイヤホンを当てた。
ほどなくして父は...
「涙が出てくる」とぽつりと言った。
”やった!成功だ☆感動してくれた♪”
私は心の中で叫び、母は父の目元をぬぐってやった。
「やっぱり拓郎はいいねえ。この歌が一番好き」と『旅の宿』に差しかかった頃、
看護師さんが入って来て、「私たちの青春時代だわ」と言われ、
そのままデッキを置いていってもよいと許諾してくれた。

ほんの些細な出来事だったが、何となく心がじんわりして、
自分よりも人の心を動かすことは難しく、それができた時はより嬉しくなるものだと
つくづく実感した*


こだわりをなくすと... [vivre ma vie]

うだるような今夏の暑さに耐えきれず...
髪を切りました。
ひさびさに○△年ぶりかの、ばっさりショートカットです。

しかも、初めて入った美容院でいきなり☆
担当された美容師さんにも「チャレンジャーですね」と言われました。
だって、シャンプー&カット&ブロー込みで、なんと...¥1,080!?
多少の不安はあったものの、もう、たとえ失敗しても”行くしかない”と思って(笑)
でも、シャンプーは初のオート体験(機械式)で心地よく、
カットも丁寧でスタイリング剤でセットまでしてくれました♪
ただし...emilie*は平日の朝一だったせいか待つこともなくスムーズでしたが、
土日は開店前から行列ができることもあり、
待ち時間は店内で待たねばならず、スタイリストの指名とかもできないそうです。
(そういえば、女性の美容師さんにカットしてもらったのも何年ぶりでしょう!)

かれこれ数十年通っている行きつけの美容院は市外にあり、
”行きたい”と思ってもすぐには行けず、価格も一般流通料金です。
確かに自分の髪質や嗜好を熟知しているスタイリストに任せておけば安心ですが、
たまには冒険してみるのも”あり”かと思って....
何となくインスピレーションに委ねてみたのです。

パリにいた頃、日本人の留学生の友人の中には、デザイナーやスタイリスト、モデル、
カメラマンなどファッション関係に携わる人が多く、ヘアメイクさんとも知り合い、
彼らのほとんどは、それほど豊かな暮らしをしているわけではないので、
最初は自分のアパルトマンに来てもらって出張カットを依頼し、
お礼に手作り料理をふるまうというのが一般的でした。
それでもせっかくパリにいるのだからと、現地のサロンにも行ってみたくなり、
カラーを入れたいのも手伝い、下町のサロンを訪れました。
おそらくサンジェルマン地区やオペラ界隈などにある
日本でも著名な高級サロンへ行ったら違ったのでしょうが...
当時の貧乏暮らしの私にも賄える程度のお店(内装はお洒落でしたが)だったせいか、
シャンプーの際、やたらと耳に水が入るのには閉口し、
カラーも「ボルドー」にしたつもりが、黒髪を脱色してから入れたため
ショッキングピンクのようになってしまい、、、
まだ”メッシュ”でよかったと胸をなでおろす始末。。
ヘアスタイルはフランス語が通じないとまずいと思い、
持ち歩いていたノートにイラストを描いて説明すると、
スタイリストの彼もペンを執ってそこに書き加え、さらに提案してくれました。
今となってはそれも笑い話となる”いい思い出”⁂

ところで、現在の心境は...
頭が軽くなって、シャンプーがとっても楽ちんです♪

歌舞伎デビュー [vivre ma vie]

とある日、年配の顧客さまから蒲郡で歌舞伎が披露されることを伺った。
その数日後、近所でひとり暮らしをしている要介護の叔母の家に
偶々歌舞伎のちらしが貼られているのを見て初めて
昔は好んでよく観に行っていたことを知った。
これも何かの縁かなと思い、シルバーカーを引かなければ歩くのがしんどくなったのを承知で
誘ってみると、顔がほころび嬉々とした表情になった。

彼女には認知症の症状があり、5秒前のことすら忘れてしまうこともしばしばだが...
かなり昔の記憶はしっかりしており、お祭りが大好きでやたらと詳しかったりする。
私はと言えば...パリにいた頃、ここぞとばかりに本場のオペラを2度ほど鑑賞したものの
これまであまり日本の古典芸能などには関心がなかった。
しかし最近は齢を重ねたせいか(?)少しずつ興味を覚えるようになり、
もちろん歌舞伎は初めてだ。
たまには立場を逆転して教わるのも悪くない。

当日、会場には年配女性を中心に多くの人だかりが出来ていた。
着物姿の人も結構いて、こんな時にはやはりこのあたりの人でもお洒落をするんだなと感心。
車を駐車場に留めて、叔母を待たせている場所へ戻り、
手を引きながら少しずつ歩を進めると、母親になったような気分。

席はトイレの近い彼女を気遣い、なるべく出入りしやすい場所を取った。
普段はどのくらいの席で観ていたのだろうか「あまり前じゃないよ。」と言うと、
「いい席だね。このくらいがちょうどいいよ。」の応えにほっとした。
開始まで時間があったので、売店で隈取りの手ぬぐいを衝動買いしてしまった。
(実はこれが後から大変役に立ち、会場内の空調が効き過ぎて
冷え切った身体を覆って凌いだ。)
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そうこうしているうちに舞台は上がった。
演目は「妹背山婦女庭訓」「襲名披露の口上」「太刀盗人」。
ガイドもレンタルしてなかったので、最初はあまりよくわからなっかったが、
次第に舞台の華やかさ、面白さが伝わってきた。
幕間があるというので、お弁当も注文した。
歯のまったくない叔母の食べられそうなものを選んで差し出し、
二人で分け合って食べるのも初めてのことだった。
耳が遠いため上演中に話しかけてくる声が大きくて、周囲の迷惑にならないかと
冷や冷やしたが、それは私が寒そうにしているのを気遣っての行為だったので、
有り難く受け取った。

夕方から始まり、幕間も入れると結構長時間にわたったので心配したが、
満足そうな様子に安堵した。
帰りの駐車場は混み合い、人混みに紛れて大声で呼んでも気づかない叔母を
親切な見知らぬ若い女性が私の車まで連れてきてくれた。
(こんな時、ああ、私も他人に自然にこういうことができるようになりたいと思う。)
そこには、かつて一人ですたすたと前を歩き、自由を謳歌していた彼女の面影はなく
頼りなげな子どものような老女がいるだけだった。

神さまは人が成長する時、その人が耐えられるだけの試練を与えるという。
私はこれからもっと自分より人のことを考えなくてはならない立場になっていくのだろう。

とりあえず、叔母のおかげで歌舞伎デビューができたことにまずは感謝*

オープンガーデン* [vivre ma vie]

少し前、ターシャの映画を観て庭モードが高まっていた折、
豊橋で英国のように「オープンガーデン」が行われていることを知りました。

教えてくれたのは、多肉植物で素敵なミニ寄せ植えを行うTさん。
パンフレットをくださり、おすすめのお庭をチェックしていただいたので、
五月晴れの気持ちのよい日、思いきって車で遠出と決め込みました。

目指したお宅はいずれも豊橋の郊外にあり、
ふだんは駅周辺くらいしか行ったことがないため、
「遠い〜」「豊橋って広〜い」とつぶやきながら
ひたすら田舎道を走りました。

最初に訪れたのは、鈴木さんという男性が手がけているイングリッシュガーデンのようなお庭*
アプローチからよい香りがします。後で尋ねるとスイカカズラとか...
ジギタリスやオルレアなどの花々がちょうど見頃を迎えていてとても綺麗⁂
庭はコーナーごとに異なった雰囲気を醸し出し、小屋などの小物使いも絶妙でした。
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日や時間帯によっては大勢の方が訪れるようですが、
emilie*がお邪魔した時はラッキーなことに一人で、お茶をごちそうになり
写真を見せていただいたり、普段はなかなかできない庭話に思わずテンションが上がり
いろいろお話をうかがうことができました♫

次に目指したのは、そこから地図上では5〜10分で行けそうなお宅。
しかしながら...ナビもスマホもないemilie*車では発見するのは非常に困難で。。
途中までご主人に迎えに来ていただく羽目に。。すみません、、

その渡辺さんのお庭は...女性の憧れ”ローズガーデン”*
先ほどの方が奥さまでなくご主人が一人でガーデニングなさっているのと対照的に、
奥さまが休日を返上してガーデニングに勤しんでいらっしゃるとのこと。
雑誌にも掲載されている有名なお庭のようでした。
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さまざまな60種類ほどの薔薇に囲まれてうっとり⁂
chez emilie*のピエールちゃんもいました♡
やはりタイミングよくemilie*ほぼ一人占め状態で...
愛犬のうめちゃんや木工インテリア担当のご主人ともお話。
近所や遠方からも”庭友”がたくさんみえるようでうらやましい!
emilie*も加わりたいけど、なかなか通うのは難しい。。
でも、いつか本物のイングリッシュガーデンを訪れたい*
(パリにいた頃は興味の対象がファッションだったから、
イギリスといえばロンドンしか行ってなくてもったいなかった。。
しかし、ガーデナーさんによると、庭に関心を寄せるようになるのは
やっぱりイギリスでも年齢を重ねてからとのこと)

今回訪れたお宅はいずれもガーデニング歴20年以上のベテランで、
隣接する建物のない拓けた土地の中に建てられた家の前に広々とした庭があり、
植物たちものびのびと育っているようでした。

そう考えると...このちいさな秘密の中庭の中に、
大した知識もなく”大きく育ってしまう木”をたくさん植えてしまい、
植物たちはみんな困ってるんだろうなあと反省。。

ガーデナーさん、今度は是非サロンへいらして、emilie*の庭をアドバイスしてくださいね*
そうして素敵なお庭になった暁には...
サロン・ド・テ エミリーも5〜6月は”オープンガーデン”にしようかしら♪


*ちょうど主催の方が撮影にみえており、emilie*が身分?を明かすと
パンフレットをたくさん下さいました。オープンガーデンは6月頃までみられると
思いますので、興味のある方はよかったらご予約の上ご来店くださいね。
ハーブティーを飲みながら、庭話いたしましょう*

Félicitations!〜続・Je suis japonaise! [vivre ma vie]

いや〜 昨日はひさびさに興奮してしまいました☆

え、何の話かって?

もちろん...お相撲です!

そう、相変わらず野球でもサッカーでもラグビーでもなく...
相撲をTV観戦しています。

もう、誰もがあの身体の容体では無理だろうと思いながらも、
奇跡を信じて見守る中...
稀勢の里は見事に優勝してその勇姿を魅せつけてくれました。
おそらく”気”の力も多分にあったと思います。
ほぼ完全awayの照ノ富士は、押し寄せる大和魂の熱気に押されてしまい、
何か見えざる力が働いたのではなかろうか...
と俄解説者emilie*は分析しました。
ただ一つ残念だったのは、放送時間が押していて
エンディングに流す大相撲の今場所のプロモーションビデオ(?)
みたいなのが見られなかったことですね...
(そのビデオを見るのが結構毎回楽しみだったりして♪)

一緒に見ていた寝たきりの父も声を張り上げて応援し、
優勝した瞬間は拍手喝采***
まさかここへ来て、父娘共通の関心事ができるとは夢にも思わず...
彼が臥していなかったらあり得ないことで、
身にふりかかるよくないことも、考えようによっては
”ちょっといいこと”の予兆だったりするのかも。。
何事もあきらめないで続けること。
きっと、春はすぐそこまで来ています⁂
Mérci et félicitations!

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サロンの玄関も春色満開でみなさまをお待ちしています*
(ちなみに横綱marronは昨秋誕生日を目前に永眠し、家族の心の中にいつまでも⁂)

パリからの便り [vivre ma vie]

毎年、年末から年始にかけてパリから届くお楽しみ*
それは...
フランス在住中に知り合って以来のつきあいで現在もパリ在住のデザイナー、
Hirolynのチョイスによるquo vadisのスケジュール帳♪
その表紙の色で、その1年の“カラー”が決まるような気がして、
いつもドキドキわくわく⁂
在仏時からずっと愛用しているメーカーのもので、
中味は、日本の祝日はわかりませんが...
フランスのメトロや地図など情報が満載で、
なかなか渡仏できない私にとっては、
これを持ってるだけでパリを思い出す貴重なアイテムなのです。
そうそう、名前の誕生日もあって、例えばEmilieは9月19日*
この日にカマンベールおじさんからお祝いの電話が入り、
surpriseを受けたことも!

そして、そのカマンベールおじさんことダニエルからのクリスマスカード*
pralinéでカマンベール置時計を扱うようになって以来なので、
かれこれ10年以上にもなるのですね。。
emilie*には読解困難なフランス人独特のアルファベでびっしり書き込まれたお手紙には、
必ずどこかに、彼オリジナルのアイデアが盛り込まれています。

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今年は鮮やかなフクシャピンクの手帳*
ターシャのクリアカードを栞代わりにはさんで使おうっと!
ダニエルからは春を待つ2羽の小鳥のカードが...
素敵な年になりそう⁂merci♡(2017.1)


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この年は身内のケアに奔走することが続き、疲労がたまったせいか
かなりダメージを受けていたところ、某日ポストを開けると...
テロの影響からかなかなか届かなかった毎年楽しみにしているパリからの手帳が*
目の覚めるようなヴィヴィッドな”赤”が、
来年の明るい展望を示唆してくれるよう...(とポジティヴに解釈)
人には、よいこととそうでないことが同じように起こるとか。
どう捉えるかはその人次第。
いつもにこにこ幸せそうな人も、何か抱えて生きているのかも知れないなあ。。(2015.12)


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この年はemilie*カラーのボルドーの手帳*
カードはブルーを基調にした夜の家のイラストに、サロン・ド・テ エミリーの看板が...
中を開くとミモザの押し花が入っていました。
フランスではもう咲いているのかしら...(2013.1)

雪の日の朝に [vivre ma vie]

初雪は想像以上に大雪をもたらし、温暖なこの地方でも積雪が見られました。
こんな日の早朝に車を始動するのは初めてで...
扉が凍ってなかなか開けられなかったり、
信号停止するのに予想以上に凍結した路面の上を滑って進んでしまったり、
発車しようと試みると動くのに時間がかかったりなど四苦八苦でした。。

それでも真っ白な雪が降り積もった様子は、
何もかもをリセットしてクリアな状態にしてくれたようにも感じられ、
今日である一つの事を終えた私にとっては、
凛とした冷たい空気の中にも、大らかな包容力で
「さあ、これからだよ。」と背中を押して、次に進む勇気をもらいました。

小寒の次は大寒が控えています。
寒さに負けず、ゆっくり少しずつ歩を進めたいですね*

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サロンの前に雪だるま作りました⁂
ヴィオラの目にカタバミの口、ナンテンの手、ラベンダーとゼラニウムのボタンをつけて
水仙の髪飾りをつけたプリンセスemilie*です*
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